エジプト旅行のログ3
エジプト旅行 2日目後半
ルクソールは、古代エジプトではテーベと呼ばれ、紀元前1500年頃から新王朝の首都として栄えた街だそうです。
ナイル川を挟んで西岸はお墓だらけの死者の街、東岸は生者の街として人が住んでいた、とのこと。
現在も、主に街として栄えているのは東岸の方。
西岸観光を午前中に終えた僕たちは、午後東岸の観光に向かいます。
東岸で一番有名なのはやはり、カルナック神殿。
これも3500年前に立てられたとは思えないほどの存在感!
航空写真をみると分かりますが、とにかくデカイ!!

特にアメン大神殿内の列柱室が圧巻!! スゲー高い柱の数が134本!!!
遙か古代にこんな物が建てられたなんて、信じられない。


最後の写真は聖なる泉。
王族や神官達がここで身を清めたんですって。
時間の都合で、小神殿にいたっては全然見られなかったのが残念。
後ろ髪を引かれる思いで、ルクソール神殿へと向かうのでした。
このルクソール神殿はカルナック神殿と対を成す神殿です。
門前にあるオベリスクが有名ですよね。
向かって右側のオベリスクは、現在フランスが貰って(パクッて?)パリのコンコルド広場に立っています。


その昔、両神殿は参道で結ばれており、一年に一度、アメン大神殿からこのカルナック神殿へ御神像を運ぶ「オトペ祭り」が開かれていたそうです。
観光の途中で日が暮れ、神殿がライトアップされました。
思わずその美しさに見とれてしまうのでした・・・。
ルクソールは、古代エジプトではテーベと呼ばれ、紀元前1500年頃から新王朝の首都として栄えた街だそうです。
ナイル川を挟んで西岸はお墓だらけの死者の街、東岸は生者の街として人が住んでいた、とのこと。
現在も、主に街として栄えているのは東岸の方。
西岸観光を午前中に終えた僕たちは、午後東岸の観光に向かいます。
東岸で一番有名なのはやはり、カルナック神殿。
これも3500年前に立てられたとは思えないほどの存在感!
航空写真をみると分かりますが、とにかくデカイ!!

特にアメン大神殿内の列柱室が圧巻!! スゲー高い柱の数が134本!!!
遙か古代にこんな物が建てられたなんて、信じられない。


最後の写真は聖なる泉。
王族や神官達がここで身を清めたんですって。
時間の都合で、小神殿にいたっては全然見られなかったのが残念。
後ろ髪を引かれる思いで、ルクソール神殿へと向かうのでした。
このルクソール神殿はカルナック神殿と対を成す神殿です。
門前にあるオベリスクが有名ですよね。
向かって右側のオベリスクは、現在フランスが貰って(パクッて?)パリのコンコルド広場に立っています。


その昔、両神殿は参道で結ばれており、一年に一度、アメン大神殿からこのカルナック神殿へ御神像を運ぶ「オトペ祭り」が開かれていたそうです。
観光の途中で日が暮れ、神殿がライトアップされました。
思わずその美しさに見とれてしまうのでした・・・。
theme : 世界遺産・遺跡・名所
genre : 旅行
comment
ようこそ雄平さん。
へぇ、ナポレオンが取っていったんですね!
たしかに一本だけだと寂しいですね。
※blog見させていただきました。
ワイドなトリミングの写真が良い感じですね。
僕も真似させて貰おうかなぁ・・・。
へぇ、ナポレオンが取っていったんですね!
たしかに一本だけだと寂しいですね。
※blog見させていただきました。
ワイドなトリミングの写真が良い感じですね。
僕も真似させて貰おうかなぁ・・・。
>向かって右側のオベリスクは、現在フランスが貰って(パクッて?)パリのコンコルド広場に立っています。
ここからパリに持っていったのですね。
ナポレオンはもらってきたのだといったそうですが、実際にはただ同然で持ってきてしまったとききました。
現地では、一対の片方がないので、様になりませんね。
では、また。
ここからパリに持っていったのですね。
ナポレオンはもらってきたのだといったそうですが、実際にはただ同然で持ってきてしまったとききました。
現地では、一対の片方がないので、様になりませんね。
では、また。





